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金沢地方裁判所 昭和31年(ワ)339号 判決 1957年4月03日

原告 加木久七

被告 株式会社福井銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金四拾弐万円及び之に対する訴状送達の翌日より支払済に至る迄年六分の割合による金員を支払せよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行宣言を求め、請求の原因として、原告は訴外泉木材工業株式会社に対する債権金四拾弐万壱千八百円に付き金沢簡易裁判所昭和三一年(ロ)第一一六号支払命令の執行力ある正本に基きその債権の弁済を受けるべく右訴外会社が昭和三十一年三月二十三日現在被告銀行に対して有する金八拾弐万六千参百八拾五円の普通預金債権のうち金四拾弐万円について当裁判所に申請し債権差押並びに転付命令(昭和三一年(ル)第四三号)を得、同命令正本は昭和三十一年六月九日前記訴外会社及び被告に送達され、右債権は原告に転付された。よつて転付金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の主張に対し右差押並びに転付命令の送達前に既に被告が本件預金債権を権利質にとつていたことは之を否認する。仮りに被告が右訴外会社と質権設定契約をしていたとしても被告は訴外会社から預金証書の交付を受けていないから権利質の成立要件を欠き無効である。仮りに被告が預金証書の交付を受けていたとしても担保債権は質権設定契約の成立当時に特定していなければその要物性を充足することはできないのであり、本件質権の目的たる預金債権額は設定契約当時金五万円のみであるから、その後之が累増しても右金五万円を超過する金員は特定性を欠くのであつて被告が実行し得べき質権は設定当時の金五万円のみに制限せらるべきであり、右金額を超過した金八拾弐万六千参百八拾五円につきなした破告の質権実行はその超過部分につき無効である。仮りに然らずとするも被告の主張する質権設定契約は民法第三六四条所定の対抗要件を具備しているか否か不明であるから右契約の効力を認め難いと陳述し、立証として証人加藤松太郎、の訊問を求め、乙第五、第六号証の各一乃至四は成立は認めるもその余の乙号各証の成立は何れも不知、但し乙第二号証中確定日附の成立のみは之を認めると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の如き支払命令の存すること、債権差押並びに転付命令の存すること及びその送達のなされたことは何れも之を認めるも、被告は右差押並びに転付命令の送達前たる昭和三十年七月一日右訴外会社と手形取引約定を締結し、之に基く貸金債権の担保として右訴外会社の被告銀行に対する普通預金債権の根質権設定を受け原告の差押転付命令の送達を受ける前たる昭和三十一年三月二十日金沢地方法務局所属公証人名越快治の確定日附を受け、その後被告が右訴外会社に対する手形貸付債権八拾五万弐千円につき質権の実行として昭和三十一年八月二十三日右預金債権と相殺したものであるから原告の請求には応ぜられないと陳述し、立証として乙第一、第二号証、第三号証の一乃至四、第四号証、第五、第六号証の各一乃至四を提出し、証人山黒清松、同西野繁、の訊問を求めた。

当裁判所は職権を以て証人山黒清松を再訊問した。

理由

原告が訴外泉木材工業株式会社に対する債権金四拾弐万壱千八百円につき金沢簡易裁判所昭和三一年(ロ)第一一六号支払命令の執行力ある正本に基きその債権の弁済を受けるべく、右訴外会社が昭和三十一年三月二十三日現在において被告銀行に対し有する金八拾弐万六千参百八拾五円の普通預金債権のうち金四拾弐万円につき当裁判所に申請して債権差押並びに転付命令(昭和三一年(ル)第四三号)を得、同命令正本は昭和三十一年六月九日右訴外会社及び被告に送達されたことは当事者間に争がない。

証人山黒清松(二回共)、同西野繁、同加藤松太郎の各証言及びこれらにより真正に成立したものと認める乙第一、第二号証、同第三号証の一乃至四、同第四号証を綜合すれば、右差押転付命令の送達前たる昭和三十年七月一日被告銀行は右訴外会社と手形取引約定を締結すると共に右約定に基く被告銀行の貸付債権を担保するため貸付金額の五分をいわゆる歩積預金として被告銀行に預金せしめることとし同日此の預金債権に根質権を設定する契約をなし、その際被告銀行は右訴外会社に金百万円を貸付けると共に金五万円の歩積預金を受入れたこと、その預金証書は被告銀行において保管したこと、その後被告銀行より右訴外会社に数十回の貸付がなされ、之に伴い右訴外会社の歩積預金額も漸次累増して昭和三十一年三月二十三日現在において金八二六、三八五円となり、一方転付命令送達当時における被告銀行の貸付合計は金八五二、〇〇〇円(既に弁済期の到来した分)であつたことを夫々認めることができる。右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば被告銀行が預金証書の交付を受けていないから質権設定契約の成立要件を欠くという原告の仮定抗弁は理由がない。原告は更らに仮定抗弁として本件質権の目的たる預金債権額は質権設定の際特定していないから要物契約性を欠くと主張するので考察するに、一般に担保物権の目的物は原則として担保物権成立の時から其の実行に至る迄不動的に特定することを要することは原告所論の通りである。併し乍ら質権(根質権を含む)は一般の物権と異り目的物につき直接に使用収益処分をなすことを主たる目的とせず、唯目的物の交換価値によつて優先弁済を受けることを主たる目的とする。従つて目的物の特定性も一般の物権における如く厳格に解する必要はなく、優先弁済を受けるに必要な限度において認められれば足るものと解するのが相当である。例えば一般先取特権は債務者の総財産の上に存する担保物権ではあるが、総財産を構成する個々の財産は先取特権実行の時迄に種々変化し得るものであり、その間一定不動たることは要件ではなく、唯其の実行の際に特定していることを要件とする。質権亦之と同様に質権実行の際に特定していることを要件とするも、質権設定の際に特定したものと、質権実行の際特定したものとが常に同一でなければならぬと解すべきものではない。殊に本件の如き銀行の反覆的手形貸付に基く債権額は時宜に応じて増減すべく、之を担保する根質権の範囲も亦その取引の流動性に応じて変動し得るものであつて、流動質と呼ばれるものである。此のような流動質につき質権設定契約の当事者間に合意の存するときは、それは有効であると解して妨げない。蓋し当事者の意思は商取引の要請に基き伸縮可能性ある目的物に対する一個の根質権の内包たる分量的範囲の増減につき一体として之を担保する趣旨であると解すべきであつて、かかる合意は担保の目的物の流動性を契約当初より承認しているものであつて、その不特定性は契約当事者が当初より予定しているところであるから何等無効とすべき理由がない。本件においては右の合意の存すること及び被告銀行が後日根質権実行の際根質権の目的たる預金債権を特定していたことは前記乙第二号証(担保差入証)中、その第六項の記載と証人山黒清松の証言(第一回)により之を認め得るところであるから、原告の右主張は採用し得ない。

次に原告は右根質権設定契約は対抗要件を具備するや否や不明であるから、右契約の効力を認め難いと主張するから按ずるに、前記認定事実によれば被告銀行は前記訴外会社に対し貸付けた金銭債権の担保として右訴外会社の被告銀行に対する預金債権に対し根質権を有するのであつて、被告銀行よりみれば自己の債務に対して質権を設定しているわけであるが、かゝる場合には第三債務者と質権者とはいづれも原告銀行であるから、特に民法第三六四条所定の第三債務者に対する通知又は承諾を必要とする問題を生じないことが明らかである。唯第三債務者たる被告銀行以外の第三者(本件においては原告)に対して対抗問題を生ずる。しかして質権設定契約の当事者がその設定契約証書を作成した場合にはその証書に確定日附を附して対抗要件とすることは民法第三六四条、第四六七条第二項の規定するところであるが、本件においては質権設定契約証書たる前記乙第二号証(担保差入証)に公証人名越快治の昭和三十一年三月二十日附の確定日附が存すること明らかであるから之を以て質権者たる被告銀行は第三者たる原告に対抗し得るものである。

以上説示の理由により被告銀行の右訴外会社に対する根質権設定契約は有効であつて、且つ原告に対抗し得るものなるところ、原告は、右訴外会社の被告銀行に対する歩積預金に付差押並びに転付命令を得、昭和三十一年六月九日同命令は被告銀行及び訴外会社へ送達せられたのであるが、右命令の送達によつては被告銀行は右根質権を喪失せず、転付権者たる原告に対し優先弁済権を有するのである。されば被告銀行の根質権に優先し得ない原告の転付金請求は被告銀行が主張する如き相殺の存否効力につき判断する迄もなく理由がないから之を棄却すべく、訴訟費用に付民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 辻三雄)

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